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最高裁判所大法廷 昭和37年(オ)1316号 判決 1966年4月20日

上告人

佐藤良太郎

右訴訟代理人

古沢斐

古沢彦造

被上告人

福井侃

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人古沢斐、同古沢彦造の上告理由第一点について。

論旨は、要するに、上告人が本件債務の承認をしなかつたことを認めうる事情ないし証拠があるのに、原判決が、なんら首肯するに足りる事情の存在について判示することなく、上告人は、該債務が時効によつて消滅したのち、これを承認したと認定したのは、違法であるというにある。

しかしながら、原審の右認定は、原判決挙示の証拠により肯認しえないことはなく、所論引用の判例は本件に適切でない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう。原審の適法にした証拠の判断および事実の認定を非難するに帰するから、採用できない。

同第二点について。

論旨は、要するに、原判決が、上告人は商人であり本件債務の承認をした事実を前提として、上告人は同債務について時効の利益を放棄したものと推定するのが相当であるとしたのは、経験則に違背して事実を推定したものであり、この点で原判決は破棄を免れないというにある。

案ずるに、債務者は、消滅時効が完成したのちに債務の承認をする場合には、その時効完成の事実を知つているのはむしろ異例で、知らないのが通常であるといえるから、債務者が商人の場合でも、消滅時効完成後に当該債務の承認をした事実から右承認は時効が完成したことを知つてされたものであると推定することは許されないものと解するのが相当である。したがつて、右と見解を異にする当裁判所の判例(昭和三五年六月二三日言渡第一小法廷判決、民集一四巻八号一四九八頁参照)は、これを変更すべきものと認める。しからば、原判決が、上告人は商人であり、本件債務について時効が完成したのちその承認をした事実を確定したうえ、これを前提として、上告人は本件債務について時効の完成したことを知りながら右承認をし、右債務について時効の利益を放棄したものと推定したのは、経験則に反する推定をしたものというべきである。しかしながら、債務者が、自己の負担する債務について時効が完成したのちに、債権者に対し債務の承認をした以上、時効完成の事実を知らなかつたときでも、爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。けだし、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが、信義則に照らし、相当であるからである。また、かく解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。そして、この見地に立てば、前記のように、上告人は本件債務について時効が完成したのちこれを承認したというのであるから、もはや右債務について右時効の援用をすることは許されないといわざるをえない。しからば、原判決が上告人の消滅時効の抗弁を排斥したのは、結局、正当であることに帰するから、論旨は、採用できない。

同第三点について。

論旨は、要するに、所論一引用の上告人の主張は、本件当事者間に和解契約が成立し、本件公正証書に表示された債務は消滅し、右公正証書に基づく強制執行は許されないという趣旨であるのに、原審が右主張についてなんら釈明することなく、また、これについて判断しなかつたのは、審理不尽、判断遺脱の違法を犯したものであるというにある。

しかし、上告人が原審が前記所論一引用のような主張をしていることは記録上明らかであるが、原審における本件口頭弁論の全趣旨をしんしやくしても、右主張が右論旨主張のような趣旨であるとは到底解しえないから、原審の手続に所論の違法はないというべきである。論旨は、ひつきよう、原審で主張しない事実を前提として原判決を攻撃するに帰すから、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(横田喜三郎 入江俊郎 奥野健一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠 下村三郎)

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